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なぜ、働くのだろうか

この質問に対して、なんと答えるのであろうか。

基本的には、生きるため、生活していくためだ。

だが、それだけであろうか。

これだけ社会が疲弊してくると、

それ以外に考えられないというところに行き着いてしまいがちだ。

だが、それだけではない。

忘れてはならないことは、

働くことは同時に大人にとって、

社会の一員としての役割を分担する“義務”でもある。

労働は、国民の義務なのだ。

つぎに、よく耳にするのが、

仕事でやりがいを見つける余裕があったら、

プライベートの時間を充実させたいということ。

しかし、国内市場縮小による低成長(少子高齢化)と

人材のグローバル化で、

「日本社会は近い将来、多くの人を雇いきれなくなる」

つまりは、

他人にない高い付加価値が用意できない限り、

雇用の競争相手は国内ばかりか、

アジアなど新興国の人々も対象となる。

給料の下げ圧力は強くなり、

同じ対価を得ようとすると労働時間は長くなる。

そうなればプライベートどころではなくなってくる。

日本人がこれまで同様、

あるいはこれまで以上に、

経済的にも精神的にも豊かに暮らすためには、

仕事の中身を充実させて、

提供できる付加価値を上げていくしかない。

同時に、低成長下にあって人生を楽しむためには、

プライベートも楽しみたいが、

大人になってからの人生の半分以上の時間を占める

仕事も楽しめた方がいい。

私は、そう言ってきたはずだ。(つづく)

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